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山形地方裁判所 昭和26年(行)4号 判決

原告 伊藤五助

被告 山形県知事

主文

被告が昭和二十五年十二月二日附買収令書を以て別紙第一目録記載の各農地につきなした買収処分のうち、別紙第二目録記載の農地以外の農地に関する部分を取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十五年十二月二日附買収令書を以て別紙第一目録記載の各農地(以下単に本件農地と称する)につきなした買収処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、請求原因として、次のとおり述べた。本件農地は原告の所有物であるが、山形県西村山郡宮宿町農地委員会は訴外高橋敬次郎の申請に基き、旧自作農創設特別措置法(以下単に旧自創法と称する)第六条の二、第三条第一項第一号によつてこれが買収計画を樹立し、被告は昭和二十六年二月十三日これに対する買収令書(昭和二十五年十二月二日附)を原告に交付してその買収処分をなした。然し右買収処分は次の理由によつて違法である。

(一)  旧自創法第六条の二の規定は日本国憲法第三十九条の規定に違反するから無効である。よつて旧自創法の右規定によつてなされた本件農地の買収処分は違法である。

(二)  仮に然らずとするも、本件農地は遡及買収基準時たる昭和二十年十一月二十三日当時においては原告がこれを自作していた。即ち、原告は訴外高橋敬次郎に本件農地の一部を無償で貸与したことはあるが、それは昭和二十一年春から一年間のことであつて、昭和二十年中及び昭和二十二年春以降は原告がこれを自作してきたものである。よつて右農地を小作地として遡及買収するのは違法である。

(三)  仮に本件農地が遡及買収の対象たる小作地であるとしても、原告は訴外高橋敬次郎にこれを賃貸したことはないから、右農地は使用貸借契約による小作地であると認むべきであるが、右使用貸借契約は原告のなした適法な解約によつて終了し、昭和二十二年春原告は右農地の返還を受けた。ところで、賃貸借に係る小作地において昭和二十年十一月二十三日以後なされた賃貸借契約の解約が適法且つ正当であると認められる場合、当該解約に係る小作地を遡及買収することができない旨を定めた旧自創法第六条の二第二項第一号の規定は使用貸借による小作地にも準用されるべきであり、本件使用貸借にかかる農地は原告において訴外高橋敬次郎から正当に返還を受けたものであるから、右農地を遡及買収することは違法である。

よつて本件買収処分の取消を求めるため本訴に及ぶ次第である。

被告代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。本件農地が原告の所有に属していたこと、宮宿町農地委員会が原告主張の時期に旧自創法第六条の二、第三条第一項第一号により右農地に対する買収計画をたて、被告が原告主張の買収令書を発し、右買収令書が原告主張の時期に原告に交付されたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。訴外高橋敬次郎は元原告家に使われていた者であるが、原告は同訴外人の困窮に同情して昭和十九年十二月これに本件農地を賃貸した。そこで同訴外人は昭和二十年春から本件農地の耕作を始めたのであるが、当時右農地は著しく荒れていたため、同年中はその一部を耕作し、昭和二十一年に至つてその全部を耕作した。ところが、昭和二十二年春に至つて原告はこれを不当に取上げたのである。

(立証省略)

理由

本件農地が元原告の所有に属していたこと、宮宿町農地委員会が原告主張の時期に旧自創法第六条の二、第三条第一項第一号により右農地に対する買収計画をたて、被告が原告主張の買収令書を発し、右買収令書が原告主張の時期に原告に交付されたことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、旧自創法第六条の二の規定は日本国憲法第三十九条の規定に違反するから、無効の規定であると主張するけれども、次の理由によつて右主張は採用できない。即ち、憲法第三十九条は刑事法規について事後法の制定を禁止したものであり、刑罰以外の制裁を定める法規についても準用せらるべきものであるが、農地の買収処分自体は如何なる意味においても制裁とは言えないから、過去の事実に基いて買収処分を行う法規を定めることは憲法の右の規定に反するものではない。

そこで進んで、昭和二十年十一月二十三日当時において原告が本件農地を自作していたかどうかについて考察する。証人佐藤きく、多田友次、伊藤千代太、岡崎兼芳、鈴木隆治(第一回)、伊藤ハル、鈴木多三郎、鈴木たか江、高橋栄作、岡崎重右ヱ門、高橋敬次郎(第一、二回)、高橋熊次郎(第一、二回)、小関正己、今井宝、高橋千代江及び高橋ナカエの各証言、検証の結果(第一、二回)、並びに鑑定人吉田貞雄の鑑定の結果(第二回)を綜合すると、昭和二十年春原告方では労力が不足していたため、訴外鈴木隆治、佐藤きく及びその家族の助けを借り、原告方から原告の娘伊藤ハルが出て本件農地のうち、別紙第二目録記載の部分を除くその余の部分に、同年五月頃豆を、更に同年七月頃蕎麦を蒔いて耕作していたこと、その頃訴外高橋敬次郎はその家族と共に別紙第二目録記載の部分(第一回検証調書添付第二見取図及び第二回検証調書添付第一図中いずれも3、4、6、7、8、10、11、14の数字を以て表示された部分)を耕作したこと、並びに同訴外人が右の部分を耕作することについて原告は異議を述べなかつたこと(特段の事情のない限り原告はその娘伊藤ハルを通じて同訴外人が右の部分を耕作したことを知つていたものと推認すべきである)を各認めることができる。証人多田友次は昭和二十年中訴外高橋敬次郎が本件農地を耕作しているのを見たことはない旨を、証人高橋栄作は同年中本件農地を前記佐藤きく、鈴木隆治が耕作しているのを見たことがない旨を各供述しているが未だ前記認定を左右するに足らない。甲第二号証の一はその作成者のうち佐藤きく、鈴木隆治については真正に成立したものと認める証拠なく、伊藤千代太、岡崎兼芳、多田友次については各その証言によつてその成立を認めることはできるけれども、その記載内容は同人等の各証言に照してにわかにこれを信用することはできない。又証人鈴木隆治(第二回)の供述中昭和二十年中訴外高橋敬次郎、高橋熊次郎が本件農地を耕作した事はない旨の供述部分は同証人の第一回尋問の際の供述に照らして措信できず、その他前顕各証拠中原告及び訴外高橋敬次郎が昭和二十年中に各耕作した範囲に関して右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。次に証人岡崎兼芳、岡崎重右ヱ門、高橋ナカエ、岡崎常義、高橋敬次郎(第一回)、高橋熊次郎(第二回)の各証言並びに原告本人尋問の結果の一部(昭和二十一年度は訴外高橋敬次郎に耕作を許した旨の部分)によれば昭和二十一年には訴外高橋敬次郎が本件農地の殆ど大部分を耕作したこと並び原告がこれを許容していたことを各認めることができる。以上の凡ての事実と証人高橋敬次郎(第二回)の証言中、昭和十八年から本件農地の東側の荒蕪地を原告から借りていたが、昭和十九年末に原告に対し、口頭で既に借り受けていた右の土地の「西側の荒れたところを田にしたいから貸してくれ」と申し込み、原告の承諾を得てこれを借り受けた旨の供述、証人高橋栄作、伊藤千代太の証言中、昭和二十年度に高橋敬次郎が本件農地の一部を耕作しているのを見た後、同人から右の土地を原告から借り受けて耕作しているのであると言うことを聞いたことがある旨の供述、並びに証人高橋熊次郎の証言の一部を綜合すると、次の事実を認めることができる。即ち、昭和十九年末原告は訴外高橋敬次郎の申出によつて本件農地を同訴外人に期間の定めなく、無償で貸与することに同意した。然し貸与する農地の範囲については当事者間にはつきりした取りきめがなかつたため、相互の意思に食い違いがあつた。然し同訴外人は原告において耕作しない部分、即ち昭和二十年においては別紙第二目録記載の土地、昭和二十一年には本件農地の大部分を各耕作した。原告は同訴外人が右の範囲の農地を耕作することを認容していた。そして同訴外人は右耕作について何等の対価を支払わなかつた。以上の事実を認定することができる。右認定に反する証人伊藤聰助の証言、原告本人尋問の結果並びに証人高橋敬次郎及び高橋熊次郎の各証言の一部は信用できない。又甲第三号証に関する証人高橋きうの証言は、先に認定した昭和二十一年は訴外高橋敬次郎が本件農地の大部分を耕作した事実(同号証の記載によれば同訴外人が耕作できる農地は田約三反歩のうち約三畝歩及び畑約四畝歩にすぎないことになる)、並びに証人武田猶治郎、高橋敬次郎の各証言に照してにわかに借信しがたく、従つて同号証の記載内容もこれを信用できない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。然らば原告と訴外高橋敬次郎との間の使用貸借契約は初めその表示行為が不充分であつたために土地の範囲が特定していなかつたが、その後前記認定の如き事実の経過によつて昭和二十年春別紙第二目録記載の範囲に特定し、ここに始めて右の範囲について有効な使用貸借契約が成立するに至り、同年中は同訴外人が右の範囲を、原告は本件農地のその余の部分を各耕作し、更に昭和二十一年春に至つて前年度と同様の経過によつて本件農地の大部分について使用貸借契約が成立したものと認定するのを相当とする。

次に原告は、賃貸借に係る小作地について昭和二十年十一月二十三日以後なされた賃貸借契約の解約が適法且つ正当であると認められた場合、当該解約に係る小作地を遡及買収することができない旨を定めた旧自創法第六条の二第二項第一号の規定は使用貸借に係る小作地にも準用されるべきものであり、本件使用貸借に係る小作地は原告において訴外高橋敬次郎から正当に返還を受けたものであるから、右農地を遡及買収することは違法であると主張するからこの点について判断する。旧自創法第六条の二第二項に遡及買収の除外例を限定的に列挙したもので、みだりに拡張して解釈すべきでないことは同条項の立法の経緯並びに同法第一条の精神に照らして疑を容れないのみならず、同項第一号が賃借権に基く小作地についてのみ、適法且つ正当に引き上げられた農地を遡及買収の除外例とし、その他の権利に基く小作地についてこれに相当する除外例を明記しなかつたのは実質的な理由があるものと考えられる。即ち、旧農地調整法は賃借権に基く小作地の引き上げについて、その正当とされる具体的基準並びにその適法又は有効な場合の要件を明示している。然し使用貸借による権利又はその他の権利に基く小作地の引き上げについてはこれに該当する基準乃至要件を特別に定めた規定はない。従つてこれらの小作地の引き上げは民法によつてのみ規整されるのであるが、民法によつて適法なりと評価される小作地の引き上げに対しても、旧自創法は、民法とは別個の目的を達成しようとするのであるから、民法と同様の評価をなさねばならない理由はなく、その立法の目的に応ずる評価をなすべきでる。そこで旧自創法は賃借権に基く小作地の引き上げについては旧農地調整法のこれに関する評価を一応是認して同法第六条の二第二項第一号の規定を、尚独自の見地から同項第二号以下の規定を各設け、その他の権利に基く小作地の引き上げについては専ら同項第二号以下を規定したものと解せざるを得ない。然らば使用貸借による権利に基く小作地については同項第一号の規定の準用はなく、その遡及買収は同項第二号以下に規定する場合に該当しない限り違法でないものと云わなければならない。よつて原告の右主張は理由がない。

然し昭和二十年十一月二十三日現在において訴外高橋敬次郎が小作していたのは本件農地のうち別紙第二目録記載の部分であり、その他の部分は当時原告において自作していたものであることは先に認定したとおりであり、同訴外人がその小作地について同日以後耕作の業務をやめたことは当事者間に争いないから、本件農地に対する買収処分のうち右目録記載の部分に関するものは適法であるが、右目録記載の部分を超える農地に関するものは違法であつて、原告の本訴請求は右の部分の取消を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 藤本久 岡田安雄)

(目録省略)

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